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2017-06-01

マイナーカテゴライズな恋愛について

(こちらの記事は、2016年8月16日の過去記事の再掲載です)

 

 

私と旦那ちゃんは、24歳離れています。

 

年の差恋愛が特別好きだというわけでもなくて

私は、あくまで「旦那ちゃんだから」好きになったとしか言いようがないのです。

 

 

恋愛や、パートナーというものは、

性別、年齢、文化など

誰の目で見てもわかりやすい物差しでくくれるようなものではなくて

【誰でもないその人だから、一緒にいたいと思う】

以外の何物でもないんじゃないでしょうか。

 

二人として同じ人はいない、その人を選んだ段階で

この世に存在するあらゆる恋愛、関係性は

「マイナーカテゴライズされうるもの」

になるのではないでしょうか。

 

今日は、そんなお話。

 

 

 

 

 

「年が大きく離れすぎた人が恋愛対象になるなんて、ファザコン/マザコンだ」

「キモい」「ない」「変態なの?」

そんなような言葉をかけられたことがあります。

特にファザコン/マザコンに関しては、

自覚がなくても、心理学的にはそういう傾向もあるのかもしれません。

 

「年の離れた若い女の子を連れている男は地雷だから気をつけろ」

「若い子に手を出す人ってやばい人だよ」

そんなような警笛を鳴らす人もいます。

確かに、そんな話も世の中にはあるのかもしれません。

 

「親くらい離れた人とか死んでも無理」

「自分が生まれた時に○○歳でしょ?ありえないw」

そんなような感想を持つ人もいると思います。

これは、実際私自身も想像つかない部分もあるので、

この手の話に関しては「確かにそうだよね〜笑」という感想です。笑

 

実際年の差恋愛をされている方で、女性の方が上の場合は

「女の方が下ならまだマシだよ」

「女が上だと焦るし若い女の子に勝てる自信がなくて、不安が多い」

そんな言葉をかけられたこともあります。

生殖機能のことを考えると、そういう考えもあるんだと思います。

 

「えー、自分より確実に先に死んじゃうじゃん!」

順番を考えればそうかもしれないけど、人は死ぬ時は死にます。

もしかしたら明日死ぬかもしれない。

だって終わりの瞬間は、誰にだっていつか訪れるものだから。

でも、生きているのは「今」。

「いつか」を怖がっていたら何もできません。

 

 

…とまぁ、ネガティブな言われ方やバッシングが多いのが、マイナーな恋愛。笑

 

でもマイナーだから、そんなものは百も承知。

良くも悪くも目立ってしまうものだと思います。

 

逆に、わかっていても誰かに何か意見を言われるのが辛い人や

その人と付き合うことに対して不安やリスクばかり考えてしまうのなら、

やめておいた方が賢明です。

 

ある程度の適正や、

どんな部外者からの意見も受け流していくという覚悟が必要なのは、

年の差恋愛に限らずマイナーなもの全般に言える性(さが)なのだと思います。

 

 

ただ、

マイナーなものに対して、ネガティブな意見だけに目を通す人たちへ伝えたいこともあって。

 

いくら正論と思わしきものを振りかざしたって

殴り込んで、否定して、卑下して、署名とって、糾弾したって 

自分の考える価値観や倫理観、常識、宗教、政治、趣味嗜好、

どんなものにもマイナーなものは必ず存在していて、

目立たなくなることはあっても、周りがどう頑張っても消えることはない

ということは、覚えておいて欲しいのです。

 

 

 

 

なんで、「人付き合い」なのに「年齢」を物差しにするのでしょう?

年齢だけでなく、性別などもそうですね。

 

勿論、年が近い人の方がジェネレーションギャップを感じにくいかもしれません。

年齢によってくくられる傾向や、見聞きする先入観もあるかもしれません。

 

でも、

「それでは幸せになれない」

「みんなに祝福されない」

これらの意見は違うと思います。

 

それらは、

「自分は幸せだと思えない」

「私はめでたいことだと思わない」

というあなたの意見である、ただそれだけです。

 

 

お付き合いしていくのは、目の前にいる相手。

「年齢」「性別」「大衆の傾向」などでカテゴライズできない、

たった一人の人間です。

 

 

誰かに評価されたり 幸せそうだと言ってもらったり

瞬間的には幸福感を得られるかもしれませんが、

周囲ありきなので永続的なものではないです。

 

あなたの、あなたたちの幸せは、

自分で、自分たちで生み出していくもの。作っていくもの。

 

幸せは、日々生産していくものです。

そして、それらが幸せだったか、充実していたかは、自分がこの世を離れる時にしかわかりません。

 

 

 

そもそも。

年が近かろうが、離れていようが

性別が同じであろうが、違かろうが

 

他人とのギャップを埋めたり、受け流したり

そんなプロセスそのものの事を、

人と付き合う

と言うのではないのかな?と私は常々思うのです。

 

その「人と付き合う」時に

自分の常識は、他人の非常識

という考え方の基盤がなく

自分の常識と合う人とだけ、付き合うことができる

という考え方の場合に

年の差というたった一つの問題があろうがなかろうが、

他者と関わることに関して、どこかで頭打ちになってしまうんじゃないかな、

と思うのです。

 

恋愛関係なく他者と付き合うときに、どれくらい長続きしますか?

自分の常識という枠に当てはまらないものに対して、

強く責めたり

否定したり

自分に合わせさせようとしたり

弾きだしたりしていませんか?

 

 

 

「今」を生きている、というところにみんなそれぞれ目を向けて

誰かの幸せももちろん大事だけど、

まずは自分が一番笑顔で居られる選択肢をそれぞれが選び取って

ささやかな幸せの粒を丁寧に集めて

自分が心から大切だと思う相手と

そんな小さな幸せの粒を見せ合いながら日々を噛み締めていけたら

マイナーカテゴライズな恋愛も、

素敵な恋愛の一つの形だと思えるんじゃないでしょうか。

 

 

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