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2023-06-11

親愛なる人がこの世を去った世界で

私は、死後の世界ってどうなってるのか、生きてる自分には何もわからない。

友人に霊能者がいるから、その人たちから教わった話や、宗教的に謂れがあること、あとは古くからの文献などで知ったことだけ知識としてある。
もちろん、それが事実かどうかはわからない。死ななければ、わかりようもない。
わからないんだけれども、肉体がなくなって魂だけになった存在があるのだとすれば、優しく見守ってくれてるんだろうな、とはずっと思ってて。

よく、怨念が〜とか残留思念が〜とか、そういうのを言われることもあるけど、正直わからない。
それも、感じたことはないけれど、あるのかもしれない。
けど、少なくとも自分が大切に思い合ってた人たちの魂が、”そういうこと”を身近な人にするとは全く思えない。

自分が知ってる生前の彼ら彼女らは、誰も絶対そんな人ではなかったから。

ここまで記したどれもこれも、ぜーんぶ、私がそう思ってるだけ。
もしかしたら本当は私が知らないだけで、とっても腹黒い人も中にはいたのかもしれない。気が付かないだけで、何か念を飛ばされるようなこともあったのかもしれない。

でも、私が別れの時に泣いてサヨナラをした人たちは少なくとも、生前いつだって優しく在ってくれてたから。 
親戚も友人も、みんな、時に喧嘩などしながらでも、優しい姿をずっと自分に見せてくれていたのであれば、それが全てだと思う。

たくさんのあたたかなものをもらったのに、その人たちに十分に返せずにこの世を去っていってしまったのであれば、置き去りのこの両手いっぱい抱えたままのありがとうや、優しさ、あたたかい気持ちを、自分の身近な人に送っていくことが、一番いいんだろな。
そして、いつかこの世を自分が去る時に、先に逝ってしまった人たちにたくさんの土産話を持ってまた会えたらいいな。

その毎日奮闘する姿も、気が向いたらどこかから見てて欲しいね。

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